もし、あなたの街に『餃子専門店』がなければ、チャンスです。
「餃子で独立」システムは、私の経験・実践・成功に基づくものです。
このシステムをご理解いただけますように、私の餃子専門店のいきさつをすべてお話します。
私は31歳の時、餃子専門店を開業しました。
私はそれまで餃子屋さんで働いたこともなければ中華料理屋で働いたこともありません。ただ料理が大好きだっただけです。和洋中すべて食べるのも、作るのも大好きです。餃子は食べに行くより作るのが大好きでした。せっかく作る限りは美味しいものを作るのに没頭するのがたまらなく楽しかったのです。
私は餃子屋さんを開業するまで(31歳まで)無職で貯金など全くなく、サラ金:に200万ほど借金:がありました。今さらサラリーマンをしてもろくなところはないし、かといってお商売を始めるにしても何をしていいか分りませんでしたし、まず軍資金がありません。
にもかかわらず将来はお金持ちになりたい!という野望だけはしっかりと持っていました。
そんな時、私の作った餃子を食べた友人が「お前、餃子屋したらええねん。これやったら流行るで」と言われました。私は「餃子屋はいやや、かっこわるいし、そんなんしてるやつ、見たことないわ」と言うと「そやから、やったらええのに」と言われました。そのうえ「どんなかたちにしろ、リッチになったら、女にもてるで」私はこの一言で決心できました。
ところが肝心のお金が全くありません。
そんな時、私のアパートが阪神大震災で半壊になり、神戸市から義援金で300万の融資がおりたのです。この300万円で開業できたのです。
ところが私が見つけた物件の敷金が300万円でした。内装費、什器備品のお金が無いのです。内装費は高校の同級生に大工がいたので、その友人に「いつか絶対返す」の約束でお店を作ってくれ、什器備品はまたサラ金で借りなんとか開業までこぎつけました。
当然、経営のことからアルバイトを使うことまで全くの素人で本当にゼロからのスタートでした。
お商売を始めて三年目に大ブレークしたのですが、それまではさっぱりでした。
お客さんが本当にこないのです。売り上げは一万円もいかない日が普通でした。毎日食べるのは餃子ばっかりです。その餃子を食べながら「美味しいのになあ〜」と思う毎日でした。それでもなんとか生活が出来たので「もし、売り上げが3万までいったらちょっとは余裕が出るだろう」これは確信していました。一ヶ月、25日営業しています。一万円売り上げが上がったら25万残る計算です。店、家の家賃を払った上に25万残る。もし、毎日二万残ったら、三万残ったら・・そんなことばっかし考えてました。
そして、三年目に入ったくらいから、少しずつ売り上げが上がっていきました。もちろんロコミです。それ以外でも雑誌にもちょこちょこ紹介され、TVからの取材にも後押しされ、ある日から連日行列が出来るお店になりました。
そのころのメニューは餃子、キューリ漬け、蒸し鶏のみでした。社員もでき年中無休体制で働きまくりました。そのころ売り上げが一日15万ありました。すると一ヶ,月450万です。家賃が18万、人件費が私を抜いて70万くらい、酒屋さんには60万くらいその他もろもろ支払っても150万〜200万は残りました。
当然、私は有頂天になり生活は一気に派手になりました。それまで住んでいたボロアパートとはおさらばし、高層マンションの最上階を借り、時計は金無垢のロレックスが三本、ベンツの新車のオープンカー、仕事が終わるとキャバクラに繰り出しドンペリばっかし注文し、怖いものなしです。いくらお金を使っても貯まる一方。楽しかったです。そして1500万の貯金ができ、お商売を広げたくなり中華街に物件を見つけ、二店舗経営になりました。
これが今のお店です。あの頃は青年実業者きどりでした。
ところが、まさかここから驚きの転落が始まるとは夢にも思いませんでした。
お店は従業員にまかせ、私は夕方お店に顔を出してはブラブラし、お気に入りのお鮨屋さんで時間をつぶす毎日です。そしてお店が終わる頃にお店に戻り、従業員を誘ってキャバクラへと繰り出すのです。
二軒目がオープンし二ヶ月が過ぎた頃です。私は「よし、ここから俺のサクセスが始まる。今に見とけ!」など考えてました。ある夜、いつもの様に中華街で仕事を終わらせ、本店に行き(その頃にはもうお酒は入っていた)いつものように従業員を誘いキャバクラへと行きました。私は「もう時間がないから原付で行こう。三人乗りでや。」ヘルメットも被らず、出発です。この瞬間、小さな交差点で車と衝突し、吹っ飛ばされたのです。幸い怪我も全員なく相手も飲酒していたので事故はなかったことにし解散しました。私は家に帰る途中倒れ、そのまま市民病院に運ばれ頭蓋骨骨折と脳内出血でお医者さんもお手上げで、あとは運まかせ。一週間意識不明で生死をさまよい、なんとか生き返りました。
それでも右半身は不随で三ヵ月後リハビリだけの病院に移転しまた三ヶ,月入院しました。
やっと退院出来たと喜んでたのもつかの間、今度は税務署の捜査が入り結局600万の罰金が科せられました。600万の手持ちは新しいお店で貯金は全額使ったので、1銭もなく銀行から借り入れ、その頃の経営状態は、私は中華街のお店にカを入れなければならなかったので、もともとの本店は他の従業員に任せてました。これが命取りです。本店の常連様は「マスターがおらへんから餃子も美味しくない」という評判が広まり客足も途絶え、新しいお店はまた一からのスタートなのでお客様は全然来てくれません。
その上家賃は毎月必ず支払わなければなりません。二店舗で60万です。これがどうしても作れない。まず、ロレックスを質屋さんに入れたりしてなんとかがんばってましたが、それも追いつかなくなり売却し、結局三本全部売却しなんとかその場をしのぎましたが、毎月の支払いは必ずやってきます。そのうちベンツも売却し、高層マンションも引き払い、従業員も離れ結局またアパートへ逆戻りです。
その間、やっぱり支払いが追いつかないのでまた銀行から借り入れる状態です。
私はこの現実を悲しんだり、憎んだりは全くしていません。むしろ「神様、こんな俺にすばらしい教育をしてくれて感謝しています」と思っています。もし、あのまま成功していたことを考えるとぞっとします。
この試練は俺に「お金との付き合い」を教えてくれるすばらしい経験なのです。
そして三年が過ぎ、ある日私の高校の同級生がリストラされ仕事がないのでアルバイトさせてくれと訪ねてきました。
私は彼は親友だし、気を使わなくてもいいので、こっちも助かるので雇いましたが時給は特別高くは出来ません。800円です。それでもOKだったので、手伝ってくれましたが、同級生にアルバイトの800円を渡すのがちょっといやになったので、「お前、もう餃子も焼けるし仕込みも出来るからもう独立したら」となり阪神の新在家の裏に小さな物件を見つけ、彼は餃子屋さんとして第二の人生をスタートしました。
当然彼は飲食の経験は私のお店だけです。包丁もほとんど初心者でした。なのに今でもちゃんとこの餃子で生計をたててがんばっています。彼は自営業の喜びを私に会うたびに感謝してくれています。「楽しい!」と。
正直なところ、これが全てではありませんが、簡単な私の餃子屋さんの経験です。中華街のお店もなんとか軌道に乗ってきました。
そして大好きなチャレンジ精神も沸いてきました。餃子屋さんをしてみたいという声も時々私の耳に入ります。
ごらんの通りお商売は簡単ではありません。山あり谷ありです。でも、もし私の考えに協賛して、餃子屋さんを開業してみたい、というならば次のステップを踏んでみてください。
私の考えた餃子専門店のシステムはシンプルだと思います。
これは同級生が開業したシステムをそのまま採用しました。いろいろ考えてのですが(他のフランチャイズを見て勉強したけど)他人の真似をしても、もし自分の器じゃないことをしたら必ず失敗する。ならば自分が考える範囲では失敗しないと思いました。
同級生には開業する時こう言いました。「俺も今までいろんな苦労し、ここまできた。お客さんから美味しいと言われる。俺が創作した餃子を。これをただでお前に渡すのはいやや。この権利を350万で渡すわ。それが権利金。そして毎月、この店舗の半分の坪数の金額を入金してくれ。この店舗は6坪やから三万円や。これは俺のお商売の部分や。」
彼がどれほどお金を残してるかは知りません。しかし、餃子屋さんを開業して良かったといつも言ってくれてます。
彼はとりあえず350万を回収するのが今の目標としているみたいです。そこからが本当の儲けやと言っています。
私が教えるのは、今、私のお店でしていることすべて教えます。仕込み、掃除、焼き方、とにかくすべてお見せします。
研修期間はそんなにいりません。全部ホームビデオで撮ってください。物件もあなたが気に入った物件でチャレンジしてください。そしてお店のメニューも自由にしてください。餃子の皮屋さんも良かったら紹介します。
そして約束は一つ、ビール会社はキリンビール限定です。アサヒは厳禁です。私はアサヒと大喧嘩をしてキリンさんに変えた経験があるからです。キリンビールと私は太いパイプで結ばれているのでなにかと有利です。
そして私は、今までの経験上、あなたの店舗にほとんど顔を出すことが出来ません。お店を離れるとまたお客様が減る危険性があります。そちらはそちらでがんばってください。私も神戸の中華街でがんばっています。
| フランチャイズシステム | |
|---|---|
| 加盟料 | ¥3,500,000− |
| ロイヤリティ | 店舗坪数×0.5万円(端数切り上げ) ※毎月月末払い |
| 納入ビール | キリンビール |
| 研修期間 | 2週間 |
| 屋号 | 『餃子専門店○○』 ○○にはあなたのお名前になります。 屋号についてはその他ご相談承ります。 |



